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ブログを始めてから毎年、これも話題にしていますが、「パスクワ」。
今日は、今年2011年4月24日イースター(キリスト復活祭)の話題です。

うちでは毎年、旦那の母方の祖父母の家で、旦那の母、叔母、祖母が料理を作り、総勢12人で、パスクワを祝います。

イタリアではどの家庭もそうですが、復活祭の日の昼食は、親族揃ってお祝いするのが慣わしです。

復活祭は基本的に「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」に祝われる、とあります。
ですので、毎年復活祭の日は変動します。

復活祭までの約40日間は、食事などの制約をする習慣もあります。
四旬節(しじゅんせつ)と呼ばれますが、特にここで言われるのは、「金曜日にお肉は食べてはいけない」という事でしょう。主に皆、お魚を中心に食事を取ります。
熱心な信者は他にも、水曜日も食事の節制をして、この日はこれで、この日はこうで・・、といろいろ決まり事を守るようですが、そこまで熱心な信者でなければ、「とりあえず金曜日はお魚で・・・」という程度なようです。

ヴェネツィアに代表される、カーニバル・謝肉祭、ご存知の方も多いと思いますが、
これは四旬節に入る前の最後のどんちゃん騒ぎ、歌って飲んで、食べて、それから復活祭までは大人しくしていましょう。という風に今では捉えられています。そしてそれが習慣として根付いていますが、元々はキリスト教徒とは無縁の異教の習慣だった、と記されてあります。

このように、40日間以上もあれこれ制約のある生活を送らなければいけないので、
パスクワの日は、盛大にお祝いするのです。豪勢な食事においしいワイン、最高にカロリーが高いデザートの数々、これがこちらのパスクワです。

うちは親族総出で料理を作り、自宅に集まってお祝いしますが、
そうでない家庭もあります。レストランに出かける家庭も多いでしょう。
なんせパスクワの料理を考えるのも作るのも、かなりの時間を要しますから。

毎年私も、パスクワの一ヶ月以上前から、お義母さんといろいろ料理雑誌を見て、これがいい、あれがいい、それはいやだ、と言い合うのですが、今年はまったく二人ともやる気なし。(笑)
引越しの事で頭がいっぱいで、それどころじゃなかった、というのもありますが。

ここを訪れて下さる人の中には、うちのパスクワの料理を楽しみにしてくださってる方がいらっしゃるので、
毎年、ブログにはパスクワの料理を写真付きでアップしているのですが、今年はご期待にそえるかどうか・・・。
レシピも教えて欲しい、と言われたりもするのですが、今年はほとんど例年と変わりないシンプル?な料理ばかりです。

それではまず前菜から。
pasqua2011
アーティチョークソースとハムのサンドイッチ、生ハム、野菜とうずらの卵入りミニパイ

こちらがプリモ・ピアット
CIMG1269.jpg
タスタサルのリゾットにラザニア

***ここからセコンド・ピアット***

CIMG1270.jpg
子ヤギ肉のローストと付け合せ

***デザート***

CIMG1303.jpg
義母作のミルフィーユ

CIMG1304.jpg
旦那の叔母作のティラミス

CIMG1331.jpg
もう半分欠けちゃってますが、パスクワ恒例の特大卵チョコです。

今年は料理の準備もたった1日前から、でした。
例年でしたら、3日前からはすでに仕込みに入っているんですけど。
今年はほとんど手伝いも必要なく、ちょっと手伝った程度で、用無しでした。

初めて、私がパスクワの昼食に参加した時は、これの倍の料理があったんですが、
もうどうせ残っちゃってもったいないだけだから、という理由で、あまり豪勢にはしなくなりました。
それでも上の料理だけでお腹いっぱいになるんですけどね。

今年も息子には大きなパスクワの卵を親族から頂きました。
卵型をした、上の写真のような特大チョコです。中は空洞になっていて、サプライズが入ってます。

サプライズの中身で卵チョコの値段も変わってきます。

私は上の料理を食べた後にこのチョコを食べようという気にはなりませんけどね。
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2011.04.28 / Top↑
ずいぶん前の話になりますが、
今年のイースターは結構早めの、4月4日でした。
毎年日にちは変わります。
基本的に「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」に祝われるようです。

イースター。イタリア語でパスクワと言いますが、
ご存知の通り、キリストの復活祭の事です。

イタリアではクリスマスの次に重要な日です。
どこもかしこも休み。バール(日本で言う喫茶店みたいなとこ)は、
午前中はあいてるので、たくさんの人が、食前酒を一杯飲みに行きます。

うちも旦那と友人と私と息子で行ってきました。毎年恒例です。

バールは人でごった返してました。

旦那達はスプリッツというお酒を飲みました。
これはヴェローナではまぁ基本というか。
食事前に軽く飲む時に、このお酒を飲むのが習慣というか。
白ワインとアペロルという飲み物を混ぜた物です。
私はもちろん飲みませんが。食事前からべろべろになるわけには・・・・。

昼食パーティーは、うちは毎年恒例、旦那の祖母の家で行います。

今年のメニューはこちら。
3種手作りパン
パスクワ2010

3種パンは、中にチーズ、スペック(オーストリアのハム)などなどが入ってて、
トッピングが3種になってます。
旦那の叔母作です。(彼女は料理は苦手)


グリンピースクリームと山羊肉と生ハムの前菜。
これは私と義母の共同作。
pasqua 2010

pasqua 2010

グリンピースクリームの前菜は作っててちょっと楽しかった。
グリンピース嫌いだけど、クリームにするととっても甘くなってておいしかった!
それだけでもいい感じ。
山羊肉はバターとにんにくで炒めておく。
グリンピースは湯がいてからミキサーに。卵や塩コショウ、米粉などを入れて、
クリーム状に。そこに山羊肉を入れる。
パウンド型に生ハムを敷き詰めていって、その上にクリームを流し込む。
上部も生ハムできれいに包む。
それをオーブンで焼くと上のような感じになります。

これを切り分けて食べる。おいしかった!!!
これはほとんど私が作りました。


アスパラガスのリゾット
旦那の叔父作
パスクワ2010

叔父は叔母よりも料理が上手。
彼の十八番がこのリゾットです。


ラザニア
pasqua 2010

ラザニアは、クリスマスやパスクワでは定番料理。特にヴェネト州では欠かせない料理です。
これはお祖母ちゃんが作ってくれました。
イタリアで一番初めに感動したイタリア料理は、
私と同じくヴェローナ在住の日本人のお友達が作ってくれたイタリアンだったけど(笑)、
その次に感動した料理がこのお祖母ちゃんのラザニアでした。
彼女はヴェローナの伝統料理、タスタサルのリゾットと、
このラザニアが得意料理です。本当においしいです。
おいしくて写真を撮り忘れててすでに半分以上食べ終わった状態の写真です・・・。


子羊肉
pasqua 2010


イタリアに来て、あれほどあった好き嫌いがなくなった私ですが、
子羊肉の臭みはやっぱりちょっと苦手。ちょっとなら食べますが・・・。


マロンのケーキ
こちらも私と義母が作りました。
pasqua 2010

pasqua 2010


何が大変だったかって、冷凍栗を剥く事。3時間もかかった・・・・。
去年もらった大量の栗を、冷凍保存してたので、それを湯がいて、皮を剥いて、
つぶして、クリームにしました。ふーーーーーーーーーーーーー。
残った栗をマロングラッセにして、小粒にして、クリームに入れ、
まず、ロールケーキにチョコクリームを塗り、その上からマロンクリームを入れて巻く。
飾りつけは生クリームと生ココナッツを摩り下ろした物。

おいしんだけど、こんなに時間かかって食べるのは一瞬。
しかも、それまでの豪華な料理でデザートなんて十分に味わえないし。
なんかもったいない。


そして最後、パスクワ、と言えば欠かせないのが、
パスクワの卵。

イタリアでは、復活祭の時、
大きな卵型のチョコを食べます。

ミニサイズの物から特大サイズの物までいろいろ。

今年は息子は2つ、チョコをGET!

pasqua

旦那の父方の伯父母から、特大サイズのチョコを、
もう一つは写真の蜂のデコレーションがしてある卵型チョコを
旦那の母方の叔父母からもらってました。

蜂のデコレーションのはかわいくって、
他にも魚とサルがありました。

薫は蜂のをもらって大喜び・・・と思いきや、
何か分からなかったみたいで、
蜂の中身を見るまで無関心。
チョコとわかるやいなや大喜びでした。

こんな風にチョコを割って、
pasqua 2010


中身が出てきます。
pasqua 2010

この中には犬のぬいぐるみが入ってました。


今年のイースターの料理はざっとこんな感じ。
メインディッシュの皿が一品、付け合せ野菜、コロンバというパンケーキなども抜けてますが・・・。

お分かりの通り、大量のメニューで見てるだけでお腹いっぱいになってきませんか?
毎年、各料理少量ずつ食べるんですけど、それでもその日の晩御飯はとてもじゃないけど食べれません・・・。

それでも今年はまだ少なかった方かも・・・。
2010.05.20 / Top↑
日本のスーパーって何て親切なんでしょう

私、感動してしまいました

それは何故かといいますと、
店員さんが、かごを持ってくれるから

日本のスーパーは、カゴに物を入れて、レジに行き、カゴをそのまま、店員さんに渡して、店員さんがレジに通しつつ、商品を別のカゴにいれ、会計が終われば、そのカゴを自分で持って、テーブルがある荷物詰めの場所に行き、ゆっくりとレジ袋の中に各自商品を入れて持って帰りますよね?

その時である
会計が終わった時、さっと店員が出てきてくれて、「お持ちいたします」と言われ、
カゴを、商品詰め替え場所まで運んでくれるではないか

びっくりである

だいたいからして、イタリアは、、カゴをそのまま、商品は渡せません。
ベルトコンベアーみたいな物がレジにあり、そこに自分で商品をカゴから取って、
一つずつ乗せなければなりません
そして、レジを通った商品は、その場ですぐに自分で袋に詰めていかなくてはならないのです

日本のような詰め替え場所みたいな物は存在しません。

「レジを通ったら、さっさとその場で、自分で袋に詰めてくれ」という感じ
しかも、重たい物、軽い物、壊れやすい物、
なんでもおかまいなしにレジに通される
そのため、重い物がコンベアーに残っている事に気がつかず、とりあえず、
軽い物の上に乗せなければならない事もしばしば。そして潰れてしまう

荷物を入れつつ、お金も払い、払い終われば、
次の順番の人の商品が入ってくるので、
早く詰めて、退かなければならない

焦るシステムだと思いませんか

とりあえず、詰め終わってから、お金を払おうとなると、店員さんがイライラ・・・
「早くお金払ってよ!じゃないと次の人の商品通せないのよっ
と明らかに目が言っている

で、とりあえず、お金を払ってから、残りの荷物を詰めようとすると、
次の人がイライラ・・・
「早くのいてよ!荷物が詰められないでしょ」と言わんばかりだ

それに比べ、日本はゆっくりと荷物を詰めれるし、
なんと言ってもカゴまで持ってくれてしまう

帰国してすぐ、スーパーに行った時、このシステムを知らずに、赤っ恥をかいた

店員「お持ちいたします
私「は?いいえ。結構です自分で持てますから」」

その店員さんは、私の言葉は聞こえていなかったのか、すっとカゴを持って、台の所まで・・・

私「えっ!ちょっ・・ちょっと!!!」
店員「・・・どうぞ」

そして去っていきました

私は唖然として、その後すぐに理解して、恥ずかしくなりましたよ


イタリアでは、荷物を持っていかれたり、ジプシー達が、店の前で待ち構えていて、
荷物を半ば強制的に持って車まで運んでは、お金(小額)をせがむ事がよくあるのです
車までついてきて、カートを所定の位置に戻す事もやろうとします
なぜなら、カート使用には1ユーロか2ユーロが必要で、返却時にお金が戻ってくるので、そのお金を狙っているのです

だから、私はついつい、語彙を強めて、「結構です!!」と言ってしまったんですね~

あ~恥ずかしかった


2007.12.11 / Top↑
ちょっぴりご無沙汰しております

なんせここ数日、航空券予約に走り回っておりました

11月27日、ようやく結婚後2年にして、初里帰りします

本当は、11月25日に直行便で日本から来る両親と、一緒に日本へ帰国予定だったのですが、両親がブッキングした飛行機の空席をこちらでも確認して、その数週間後に予約しに行ってみると、満席で、キャンセル待ちも出来ない状態に

ショック・・・

すぐに予約しなかった私も悪いんですが、数日違うだけで、こんなに予約できないものなんだ・・と、次回へのいい教訓となりました

子連れ旅行の負担を軽くするために、せっかく両親がイタリアまで来て、一緒に帰ろうと言ってくれたのに、一緒の飛行機に乗れないんじゃ意味がない

そこで、あちこち走り回って、日本でも予約出来て、イタリアでも予約出来る航空券を探しては、日本へ電話をかけ、両親が日本の旅行会社に電話をして予約出来るかの確認・・・の繰り返し
なかなか大変でした・・・
値段もかなりの差が・・・

ちなみに、イタリアでは、キャンセル待ち、というのはあまり有名ではありません。

キャンセル待ち、と言うと、「え?」という顔をされるし、
「そんなの出来るかどうか、聞いてみないと・・・」と、どの旅行会社にも言われ・・・
(しかも調べるのに数日を有する所がイタリア)
結局出来なかったんですが。

乳幼児用のバジネットの予約も、「は?」といわれ、説明して、ようやく、「それも聞いてみないと・・・」との返事。

ちゃんと帰れるのか、今から一抹の不安を覚えますが、
なんとか無事帰れるといいなぁ・・・
2007.10.20 / Top↑

先日、ミラノの国立病院での、9月の出産率の上昇について書きましたが、
今日は、8月の出産についてのお話。

主人公は、先月、ヴェローナで女児を出産した、イタリア人のある女の子。

彼女は、私のお義母さんの友人の娘で、20歳にしてママになる決意をした女の子である。

彼女に初めて会ったのは、出産予定日2日前で、すでに前夜におしるしがあった日で、
いつ分娩が始まってもおかしくない、という状態だった。

彼女はスレンダーな身体を保ったまま、お腹だけがかなりぼこっと出ていて、
見るからに、私の息子より、さらに大きな赤ちゃんだろう事は想像出来た。

私の息子も3,82Kgもあったので、大きかったが、産まれてきた彼女の赤ちゃんは、
4,8Kgもあったそうだ。

私と同じく、子供がなかなか産道まで下がって来る事が出来ず、
かなりの難産だった。

にもかかわらず、帝王切開にならずに、自然分娩で乗り切ったのにはわけがある。

彼女は私よりかなり細く、難病を抱えた子だったので、
問題があれば、すぐに対応出来るように、とヴェローナの国立病院を選んだ、
のだが、ヴェローナ市に2つある国立病院は、どちらも評判がよくない。

さらに不運だったのは、彼女の陣痛が始まったのが、
8月ど真ん中の日曜日だった、という事だ。

すでに8月出産、というだけで、多くの医師が、バカンス真っ最中、
さらに、日曜日となると、医師の数は激減する。

案の定、いつも診察してもらっていた先生は休暇中、
さらに、医師も、看護士も、まだ免許取りたて?といわんばかりに、
あたふたした人ばかりだったそうだ。

病院についてすぐ、エコーをとってもらったが、胎児の推定体重は3kg、
との診断で、自然分娩で余裕だろう、と言われたそうだ。

本当に3kgなのだろうか?という不安がすでに家族の間に流れたが、
医師が言うので、そう信じるよりほかない。

産まれた子供は4,8kgだったのだから、嫌な予感は的中していた、というわけになるが・・。

私と違い、無痛分娩も出来なかった彼女は、長い長い陣痛を経験する事になる。
子供は大きすぎて産道まで下りてこれず、苦労して、頑張って、
やっと胎児が産道まで下りてきた時点で、
医師達が、児頭骨盤不適合(産道が胎児の頭に比べ、狭すぎる事)に気づく。

が、すでに頭は完全に産道に入っているので、そのまま自然分娩に
もっていくより他ない状態になる。が、もちろん母体の力と胎児の力だけでは
どうする事も出来ず、結局、器具を使って引っ張り出す事になるが、
器具の使い方がよく分からない医師が、胎児の片腕を無理やりぐいっと
引っ張ってしまったため、産まれた子供は、片腕が全く動かない状態になってしまった。

その後も、何の説明もなく、「動くようになるまで待つしかない」とだけ。
動くようになる保証もなく、退院させられたそうだ。

恐ろしい話である。

ミラノは、イタリアでもトップクラスのレベルを誇る病院がひしめいているが、
他の地域を見渡せば、病院のレベルは悲惨、医療ミスが相次ぐ事態が続いている。

もちろん、ミラノでも医療ミスはある。
最近では、40歳近い女性が、双子を身ごもり、そのうち一人は健康体、
一人はダウン症である事が分かり、健康な胎児を残し、ダウン症の胎児を
堕胎させる手術を行ったが、医師のミスで、なんと、
健康な胎児を堕胎させてしまった事が発覚したばかりである。

なんともいたたまれない話ではないか。

難しい手術なのは想像に難くない。
医師は神ではないのだから、ミスも起ころう。
が、子供を持つ親としては、どれだけその方が、精神的にも肉体的にも、
絶望を味わったのだろうかと考えると、涙が出てくる。

結局、その方は、その後、ダウン症を背負った胎児も堕胎する手術を行ったそうだ。

私も人間なので、息子に泣き喚かれると、イラっとする時だってある。
が、健康に産まれて、泣けるという事だけでも、奇跡に近い事なのだ、と
上のような事故を耳にするにあたって、考えさせられます。
2007.10.05 / Top↑
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