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もっちと旦那の馴れ初めは以前、3話にわたってお話しました。
そう。私、旦那に運命を感じなかったどころか、興味すら抱かなかったんです。
付き合いだした当初は絶対続かないだろうと思いながら付き合ってた薄情な恋人だったわけで・・・。

実際、付き合いだしてから、結婚までの道のり、これはなかなか大変なものでした。

何が国際恋愛で大変かって、そりゃあやっぱり言語の壁、でしょうね。
これは国際結婚後でも変わらない永遠のテーマかもしれません。
今はもちろん「壁」と感じる事はなく、むしろお互いの長所のように感じる事が出来ます。
お互いの言語を教えあって、一緒に学んでいく課程が幸せに感じるし、コミュニケーションにもなります。
でもやはり細かい心の動きや、微妙なニュアンスを表現したい時、そして特に苛立っている時、喧嘩をする時なんかは言葉の不自由さを感じてイライラします。

「どうして分かってくれないの?どうして伝えられないの?」って自分にも相手にも腹が立つ状態。
こうなるとさらに言いたい事の半分も言えてないような気がしてきて、さらにイライラ。

特に出会って1年間は私達は英語で会話していたので、言葉の壁は厚かった!!!
お互い、母国語以外の言葉を使うし、しかも彼はイギリス英語、私はアメリカ英語で、
発音や文法の違いなんかもあったりして、大変だった。喧嘩もままならない状態。

一念発起してNHKラジオで毎晩20分、半年間ほとんど欠かすことなくイタリア語を勉強。
これが後々、私のイタリア語のレベルの成長を大きく支える土台となります。
今までで一番為になった勉強法でした。

言葉の壁が薄れてくると、今度は文化の壁。

普段、イタリア家庭の普段の食事は意外と質素な物。
昼はパニーニといって、イタリア生ハムやサラミなどをパンに挟んだ物だけ、とか
モッツァレッラチーズとトマトとサラダ、とか。

旦那の家も例外ではなく、毎日と言っていいほど、パニーニばかり。もしくは毎日ツナとトマトのパスタ。
それが普通、として育った旦那と、
バリエーションに富んで、栄養バランスの取れた物を上手に取る、と習って育った私とでは
食文化の差は大きい。

おまけに、イタリアでは普段はパニーニで済ますのに、休日になるとボリューム満点の、
これまたカロリーがたっかそーーーーな料理が出てきたりする。
おいしいんだけど、身体の作りが元々違うのに、無理して詰め込むと、後でえらい事になってました。

観光ならまだしも、初めから旦那の実家にホームステイしちゃった私。
わがままなんて言えません。出された物を出された分だけ食べなくちゃ・・・そう思ってしまった日本人の私。
苦痛の日々でしたねぇ・・・・。
いくら旦那を好きでも、逃げ出したい一心でした。

あとびっくりした事。
イタリア人の恋愛観、とでもいいましょうか。

一番私が驚いたエピソードを挙げてみます。

私が旦那の恋人として、彼の友人達と一緒に飲みに出かけるようになって数ヶ月。
いつものように夜、皆、広場に集合して、飲みに行く前のおしゃべりを楽しんでいた時、
ある友人が一言。「もっちと旦那、喧嘩でもしてるの?」

「・・・・え?なんで???いきなりどういう質問?普通に仲良くしてるはずなんだけど?」

そうすると皆が「だよねー?いつも喧嘩してるみたい」とか言い始めた。

「ええそんな事全然ないんだけど。どうしてそう見えるの?」
聞いてみた。

「えー?だって全然キスしないじゃん」「そうだよねー!変だよー」



変、ですと
ってか皆の前でキスしないだけで喧嘩してる事になんの?!

しまいめには
「なんか・・・幼稚園児のカップルみたーーーい」
「なんか微笑ましいよねーーーーーーあははーーーーー」

と笑われるはめに・・・・。

そして、一番苦労したのが、「Si」と「No」。
イタリア語で「Si」は「Yes」、「No」は「No」。
これが私、言えなかった・・・。
発音できないって意味じゃなくて。

日本には「言葉を濁す」という言葉があるように、
曖昧な返事というのがたくさん存在しますし、
はっきりした拒絶はなかなか言わない傾向がありますよね。

私もそう。「協調性」が大事な事だ、と思ってきた私。
そのためには「自己主張」は二の次にしてきたのです。

でもイタリアでは逆。「自己主張」が基本。すごく大事な事。
じゃないと相手に伝わらない。
だから、「Si」と「No」は、はっきりしている。

でも私はなかなかそうはいかなかった。
旦那に頼まれた事をやんわり断りたい時、常に
「Si・・・・Ma・・・・」と言っていた。
「Ma」は「でも(But)」の意味。
「うん・・・でも・・・うーーーん・・」ってな感じ。

これだけで日本人は「ああ、あまり気が進まないんだなー」
って感じ取ってくれる。でもイタリア人はそうはいかない。

「Maって何?YesかNo、どっちなの?はっきり言わないと分からない。」

っと詰め寄られる。その鬼気迫る感じ(私が感じていただけだが)に、思わず嫌でも「SI」と言ってしまう私。

それでその後悶々としてしまう。
で、その空気を旦那が感じ取るが、旦那にしてみたら理由が分からない。

「もっちが本当はどうしたいのか、理解するのは、ほんとーーーーに大変だったよ。だって「Yes」って言ってるのに本当は「No」を考えてるんだから。日本人が全体的に「Yes」「No」をはっきり言わないってのは本当なんだなーって思ったよー」

この前、そんな事を言われた。

で、聞いてみた。

「今は?」

「今?言おうと思ってたんだけどね?もっちは最近「NO」をはっきり言いすぎだよ。もうちょっとやわらかく言葉を濁して言わないと、日本に一時帰国した時に「冷たい女」って思われるよ。ふっ」

と鼻で笑われた

ええ。そうですとも。私は冷たい女です。
そう言っておきましたよ。











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2006.05.25 / Top↑
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