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普段書きたい事を徒然と、おまけにえらそうに国際結婚生活を書いているもっち。

それなのに皆から、勇気づけられた、元気が出た、楽しい、という言葉を頂ける事がある。・・・本当にありがたいと思う。

本当のところは私が皆に励まされている。

私は、いつも前向きでありたいと思う。
いろんな事に積極的に取り組みたいと思っている。

でも。私も人間だ。毎日いろんな事が起こる。
落ち込む時だって、たくさんあるのが現実だ。

今日は、もっちの弱さも書こうと思う。国際結婚ならではの悩みを。


私が国際結婚で特に辛いと思うのは、旦那ではなく友人に関する事だ。

私は友情に恵まれていると自負している。

イタリアでも日本でも、友人はたくさんいるし、生涯の友達だ!と自信を持って言える友人が1人ではなく数人いる。
これはとても幸運な事だと思う。

友人達が私をどう思っているかは分からない。
でも少なくとも私は、本当にたくさんのいい友達に巡り会えたと思っている。

ただ、これがかえって私を辛くさせる事があるのだ。
国際結婚をして、さらに友情の大切さが身にしみた。

旦那とはうまくいっている。仕事も順調な方だろう。
彼の家族、親族も本当に私によくしてくれる。
ありがたい事だ。

でも時々、ふとした時に、悲しくなる時がある。
泣き出してしまいそうになる時がある。

それは日本にいる友達に会えない辛さだ。

今までは話したいなぁ、とか、相談したいなぁ、と思えば、携帯で連絡を取れば、簡単に話しも出来るし、会う事も出来た。
今はそういう訳にはいかない。時差だってあるし、メールを送ったってオンラインのように連絡が取れるわけじゃない。話したいって思う時に、なかなか自由にはいかないのだ。

イタリアの携帯は日本ほどまだ機能がすぐれていない。
インターネットが気軽に出来る携帯は少ない。つまりE-Mailを携帯では送れないという事だ。私はパソコンの前に座ってインターネットを繋いだ環境でのみ日本と連絡が取れる。

インターネット機能がついた携帯はたくさん存在するが、そんな携帯を買うのには、イタリア人のお給料の半分以上は支払わないといけない。携帯本体がイタリアは異常なほど高い。それに電話代がヨーロッパ1なのだ。なので国際電話は論外。

電話会社はいろんなサービスを行っているが、どれも実はサービスどころか、ぼったくりなのが現状。CMでは「1回の電話、50円!その後はしゃべりたい放題」などと語っている。が、実際はこのサービスに申し込めば、電話を受けるのにも毎回お金がかかってくる、という仕組みになっている。しゃべりたい放題でもない。月に自由にしゃべれる時間も決まっていて、それ以上になると1分当りの料金が跳ね上がる。もちろんそんな事は宣伝しないが。

それはさておき、自由にしゃべれない、会えない、となると、余計にしゃべりたいという欲求が増す。そうすると日本に帰国したい、となる。

かといって、「日本に戻りたい」と思った所で、無理な事も十分承知している。家族や友人に会うためには10万という飛行機代がかかってくるのだ。大富豪と結婚したなら何とかなるだろうが、そういう経済状況でもないもっち家。イタリアを捨てて、日本で住む、という事も出来ない。旦那にはやっと見つけた大事な仕事がある。

もちろん日本とイタリアの別居婚をするわけにもいかないその前にそんな事をしたら偽装結婚と見なされるだろう。

国際結婚の辛さはこういう事だ、と私は思う。

そして、イタリアでも友人はたくさんいるが、やはり日本の友人とイタリアの友人とでは違う、と感じてしまう。
距離の取り方とか、考え方とかが全然違う。「相手の身になって相談する、受ける」という考えは日本独特かもしれない、と思う。

悩みを打ち明けると、「そう。じゃあこうしたらいいんじゃない?」という解決策を口にするのがイタリア人。
それに比べ日本人(女性は特に)は、「そう。それは大変だね。辛いね。」と感情面に主に考える傾向があると思う。
もちろん人による事だが。

こういうちょっとした違いも私には大きく感じられてならない。
気持ちを共用しようとする姿勢が、何よりも相談してよかったと思わせてくれる。解決策を望んでいるわけじゃなく、ちょっと友達と話したいって時、ないですか?
そういう時に的確な解決策を提案されると、なんだか逆に落ち込んでしまったり・・・。

でも友達に会えない寂しさは友情の大切さを私に教えてくれた。それはとても私の財産になっている。

じゃあイタリア人の友達には相談出来ないのか、というとそうではない。仲のいいイタリア人の友人もいる。相談もするし、受ける。が、やはりどこか差を感じてしまうし、かといって、気が合う日本人やその他諸国の人たちを見つけるのもそう容易ではない。

それではイタリアで親友と呼べる人がいないのか、というとそうではない。私が先に書いた通り、私は本当に幸運だと思うのは、イタリアでも、「親友だ」と思える日本人の友人を見つけた事だ。彼女と話しているとイタリア人の友人とは味わえない安心感みたいなものを感じる。ほっと出来るひとときになる。ただ彼女はヴェローナ在住なので、週末にしか会えないが。

そして、もう一つ、最近、とてもうれしい事があった。
私の大切な友人の1人が私に会いに来たいと言ってくれたのだ。
これは、海外に住む私にとっては本当に、何よりもうれしい事の一つ。

こういう寂しさ、うれしさ、辛さ、全部ひっくるめて国際結婚という道を選んだわけですから、これからも試練は続くでしょう。でも国際結婚した事を後悔した事はないです

この気持ちが持続できるかどうかは二人の努力が不可欠ですけどね

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2006.05.29 / Top↑
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