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先週はあまり記事が書けなかった・・・
なぜなら私・・・・今週、またの木曜日の夜中に生まれて初めて、気絶しちゃったのですっ

いや。。。確かに、貧血みたいな状態は年に1回くらいは経験してるのですが、ほんとーーーーーにばたっと倒れて、名前を連呼される、ドラマにでも出て来そうなああいう倒れ方ってした事なくって。

ちょっぴり憧れてたりもしたんだけど、実際そうなってみると大変でした・・・・

先週の水曜日からなーんか体調がまたおかしい。
でも熱もないし、特に変わった点もなかったのですが、こうもちょこちょこ風邪引いたり、体調崩したりしてると、だんだん自分でも「あ・・やばいかも?」と気づくようになってきたらしい

異変に気づいたものの、とりあえず仕事には行く。
木曜日もかなり身体がやたらと重い。朝ごはんも食べられない。
仕事の昼休みに昼食は取らずに、いつもはしない昼寝をして、午後からまた仕事へ。
夕方、仕事から戻ってまた少し寝て、午後6時に夕食作り。
その10分後、ひどい吐き気に襲われダウン。熱は37度1分。

その後旦那が帰宅して旦那のためになんとか作りかけだったご飯を仕上げ、もっちはご飯を食べずにベッドへ。熱、37度5分。
旦那は「あーまた調子が悪いのか」くらいなもんで、ご飯を食べるとゲーム。

この時点では私も旦那も「また保育所から風邪菌でももらってきたんだろう」と思っていた。

午後9時。熱38度。ちょっとずつ上がってきた。吐き気はどんどんひどくなるし、お腹は痛いし、辛くなってきた。
さすがに諦めて、熱冷ましの薬を飲む。

午後22時半。熱39度5分。滅多に38度を超えない私。39度を超えた時点でちょっと危険を感じる。薬を飲んだため大量の汗をかく。でも吐き気で水も飲めない。

これがいけなかった・・・。
汗は大量にかいているのに、朝から何も食べていない上に、水分も取っていなかったのだ。なのに腹痛でトイレには何回も行く。どんどん私の体内からは水分が抜けていく。

夜中午前1時。激しい腹痛にトイレへ立つ。
一日中ベッドに横になっていた私。足元がふらつきながらもなんとかトイレへ。が、便座に座った途端、激しい吐き気と共に座っていられないほど頭が回り始めた・・・・。

「やばいかも・・・

そう思い、旦那に助けを求めようと思っても、声もでない。
とりあえず、ベッドに早く戻ろうと意を決して立ちあがり、トイレの鏡をちらっと横目で見ると、高熱なのに顔面蒼白。ますます危険を感じるも私の記憶はそこでなくなる・・・・。
何かに激しくぶつかって強烈な痛みが走ったのは身体で感じたのだが・・・。

・・・気がつくと私は廊下の真ん中で倒れていて、旦那に頬を叩かれながら名前を呼ばれていた。私はてっきりベッドにたどり着いて寝ているもんだと思っていたから、どうして旦那が私の名前を呼んで「何があったんだ!」と怒鳴っているのかが初めはさっぱり分からなかったのだ。

旦那曰く、私がトイレに立ったその数分後、バタバタとあちこちにぶつかるような音が聞こえてきて、その後ものすごい衝撃音が聞こえて、旦那が飛び起きてみると、私が廊下の真ん中でうつ伏せに倒れていて、血まみれだったんだとか。

幸い、うつぶせに倒れたので、後頭部はぶつけなかったのだが、血まみれだったのは、運悪く、壁に備え付けられたガスヒーターの角の上に倒れて、唇が裂けてしまい、血が噴き出していたのだ。額にはどこでぶつけたか定かではない、たんこぶが・・・。足にはりんごくらいの大きさのあざ。

旦那は「座るのですら激しい吐き気がするから無理だ」と訴える私を制して無理やり立たせ、ベッドまで連れて行かせて、「明日の朝まで我慢して寝ろ」と言う。こんな状態で寝れるわけないだろうがっ!と思いつつも喋ることもままならない。YES、Noの返事も難しかったのだ。旦那は無理やり答えさせようと怒鳴っていた・・・・。

そこで私が「お義母さんに電話して」と頼む事を思いついた。彼女なら助けてくれるはず。やっぱり、救急病院に行けとの指示が。ほっ
立てないと訴えるのに旦那は私を無理やり立たせ、玄関先に出てからタクシーを呼ぶ始末・・・。
混乱してるのは分かるがもうちょっと要領良くやってくれ・・・せめてタクシーが着いてから下まで降りようよ・・・

道端に倒れてタクシーを待つ私と旦那。

救急病院に着くと、私は待たずにすぐ中に通され、
旦那は医者達に「なんでタクシーなんかで来たの!この場合は救急車でしょ!なんで救急車呼ばなかったの!信じられない。この次は救急車呼びなさいよ!かわいそうに。彼女、立つ事も出来ないじゃないの!」と攻められていた・・・

私はというと、すぐに寝かされ、血圧検査、点滴を受け、血液検査開始。

また注射・・・・・・・。しかも点滴の注射はかなり痛かった・・・。でも意識が朦朧としていたので、恐怖はあまりなかった。ほっ

でもまた針がささったまま2時間も寝かされていた・・・。
これは2度目でもやっぱり辛い・・・・

ミラノの救急病院は初めてだったが、渋いハンサムな医者は丁寧に診察してくれたし、看護婦さんは元気で、私の名前をすぐに覚えてくれて、よくしてくれた。

結局、病気事態はたいした事はなく、消化器官にバクテリアが入り込んで、炎症を起こしているだけだった。気絶した最大の原因は、体内に必要な水分が十分満たされていなかった事と高熱、そして低血圧だった。

また薬を山の様に渡され、そして水を浴びるほど飲むようにとの指示が・・・。む・・・むりですっ!!!普段からあまり飲まないのに・・・

深く切ってしまった唇部分は縫う事は出来ないらしく、ほったらかし。気絶よりそっちの方が痛いのに・・・と思いつつも仕方がない。傷はやはり少し残るらしいが、今の所順調に回復している。
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2006.06.28 / Top↑
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